2007年09月03日

1970年代の女性アイドルは?

1970年代のアイドル1970年代に入って、それまでの「子役スター」という言葉に代わって「ジャリタレ」と呼ばれるようになり、1970年代後半に入って「アイドル」という呼称が一般化するようになる。キャンディーズピンク・レディーといった、アイドルグループも登場し始める。


キャンディーズ
キャンディーズ(Candies)は、1970年代の日本のアイドル歌手グループである。ラン(伊藤蘭、1955年1月13日 - )、スー(田中好子、1956年4月8日 - )、ミキ(藤村美樹、1956年1月15日 - )の3人組。所属事務所は渡辺プロダクション。多くの楽曲は、当時渡辺音楽出版社員であった松崎澄夫(元アウト・キャスト)のプロデュースによるもの。


ピンク・レディー
ピンク・レディーは、1970年代後半、日本で最も人気のあった歌手、アイドルデュオ。多くの楽曲を阿久悠(作詞)・都倉俊一(作曲)のコンビが手がけた。

ミー(現:未唯、本名:根本美鶴代、1958年3月9日 - 、A型、静岡県静岡市葵区出身)とケイ(現:増田惠子、本名:桑木啓子(旧姓:増田)、1957年9月2日 - 、O型、静岡県静岡市葵区出身)の2人組。


キャンディーズピンク・レディーキャンディーズの続き
音楽 シングル
発売順 A面タイトル 発売日 作詞 作曲 編曲 備考
1 あなたに夢中 1973.9.1 山上路夫 森田公一 竜崎孝路
2 そよ風のくちづけ 1974.1.21 山上路夫 森田公一 穂口雄右
3 危い土曜日 1974.4.21 安井かずみ 森田公一 竜崎孝路
4 なみだの季節 1974.9.21 千家和也 穂口雄右 穂口雄右
5 年下の男の子 1975.2.21 千家和也 穂口雄右 穂口雄右 キャンディーズ初のBEST10入り
6 内気なあいつ 1975.6.1 千家和也 穂口雄右 穂口雄右
7 その気にさせないで 1975.9.1 千家和也 穂口雄右 穂口雄右
8 ハートのエースが出てこない 1975.12.5 竜真知子 森田公一 竜崎孝路
9 春一番 1976.3.1 穂口雄右 穂口雄右 穂口雄右
10 夏が来た! 1976.5.31 穂口雄右 穂口雄右 穂口雄右
11 ハート泥棒 1976.9.1 林春生 すぎやまこういち 船山基紀
12 哀愁のシンフォニー 1976.11.21 なかにし礼 三木たかし 馬飼野康二
13 やさしい悪魔 1977.3.1 喜多条忠 吉田拓郎 馬飼野康二
14 暑中お見舞い申し上げます 1977.6.21 喜多条忠 佐瀬壽一 馬飼野康二
15 アン・ドゥ・トロワ 1977.9.21 喜多条忠 吉田拓郎 馬飼野康二
16 わな 1977.12.5 島武実 穂口雄右 穂口雄右
17 微笑がえし 1978.2.25 阿木燿子 穂口雄右 穂口雄右 事実上のラストシングル、有終の美を飾りNo.1獲得
18 つばさ 1978.11.21 伊藤蘭 渡辺茂樹 渡辺茂樹 キャンディーズの意向に反して発売されたもの


[編集] アルバム
発売順 タイトル 発売日 曲数 備考
1 あなたに夢中 / 内気なキャンディーズ 1973.12.5 12
2 危い土曜日 / キャンディーズの世界 1974.6.21 12
3 なみだの季節 1974.12.10 12
4 年下の男の子 1975.4.21 12
5 その気にさせないで 1975.10.1 12
6 Candies' Carnival For 10000 People 1975.12.21 10 1975.10.19 蔵前国技館LIVE
7 春一番 1976.4.1 12
8 夏が来た! 1976.7.21 12
9 キャンディーズ・ライブ 1976.12.5 18 1976.10.11 蔵前国技館LIVE
10 1 1/2 1977.4.21 18 2枚組
11 Candy Label 1977.9.1 16 2枚組
12 1676 DAYS 1977.12.5 58 5枚組
13 早春譜 1978.3.21 20 2枚組
14 FINAL CARNIVAL Plus One 1978.5.21 39 1978.4.4 後楽園球場LIVE、3枚組


映像
CANDIES FOREVER (β/VHS/LD/DVD)
キャンディーズ・ファイナルカーニバル For Freedom/1978.4.4 後楽園球場
CANDIES TREASURE (4枚組DVD)
Disc1/1977.9.28 砂防会館
Disc2/1977.11.20 千葉県文化会館
Disc3/1978.2.9 芝郵便貯金ホール
Disc4/CANDIES HIT PARADE
歌の妖精(VHS/第7巻)
天地真理・太田裕美・キャンディーズ
みごろ!たべごろ!笑いごろ!!DVD-BOX(全3巻)
悪ガキ一家の鬼かあちゃん/電線音頭/童謡大全集/若大将とカバ大将/番組内ドラマなど
タイムトリッパー/キャンディーズメモリアル(付録DVD)
キャンディーズ出演CM10本収録

レギュラー番組
8時だョ!全員集合 (TBS系)
みごろ!たべごろ!笑いごろ! (NET→テレビ朝日系)
レッツゴーヤング (NHK)
GO!GO!キャンディーズ (文化放送)



ピンク・レディー

略歴
1971年、中学2年の時、ケイがミーの在学する中学校に転校し、演劇部に入ったことで2人は知り合う。
1973年、ヤマハミュージックスクールに通い始める。
1974年、コンビ結成。元々は「クッキー」というフォークユニットだった。
1976年、日本テレビの番組「スター誕生!」にて合格し、デビュー。
1977年〜1978年、日清焼そばU.F.O.のテレビCMに起用される。テレビの露出がこの時期に極端に増える。
1978年、「UFO」で日本レコード大賞受賞、「サウスポー」で日本歌謡大賞受賞。
1981年、解散。
1984年、再結成。
1990年、再々結成。
1996年から1997年にかけて、再々々結成。
2002年、パチンコ「CRピンクレディー」(大一商会)が当時メーカー過去最大の売り上げを誇ったほど大ヒット。後の再々々々結成へのきっかけとなる。
2003年、再々々々結成。同年から2年間限定で、「PINK LADY TYPHOON〜AGAIN〜」と題した全国ツアーを実施する。
2004年音楽番組ミュージックフェアにて平成の国民的アイドルモーニング娘。と夢の国民的アイドル同士の共演が実現した。ただし未唯は「ハロー!モーニング。」の初回にゲスト出演している。
2005年、コンサートツアー終了とともに活動に終止符を打つ。
2007年、ピンクレディーのパチンコが再び登場、パチンコで使用される曲の再レコーディングを行った。

シングル
ペッパー警部(1976/8/25)
作詞の阿久悠の書籍『夢を食った男たち―「スター誕生」と黄金の70年代』によると、阿久悠がこの曲名をつけた際の由来についてはドクターペッパーからの引用か、またはサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドからか、『ピンク・パンサー』の登場人物クルーゾー警部からか、落語のくしゃみ講釈の落ちに登場する胡椒(故障)からペッパーを連想したのか、あるいは曽根史朗のヒット曲『若いお巡りさん』からの連想なのかもしれないが、どれも(阿久悠自身による)後付けの解釈であり、本当のところは分からないとしている。なお、映画『007 死ぬのは奴らだ』と『007 黄金銃を持つ男』に出てくるペッパー保安官(後に警部)については同書では言及されていない。ダンスで大胆に股を開く振り付けは当初は下品とマスコミ関係者に不評であった。B面の「乾杯お嬢さん」も人気で、B面はキャンディーズを意識した楽曲でもあった。前述書『夢を食った男たち−』によると、阿久悠は最初からA面を「ペッパー警部」、B面を「乾杯お嬢さん」にするつもりで作詞したが、当初ビクターは「乾杯お嬢さん」をA面で売り出そうとしたという。初回出荷枚数は8000枚だった。オリコン枚数60万枚、出荷枚数105万枚。2006年には、中国人デュエット「西遊妹妹」が中国語バージョンでカバーした。
S・O・S(1976/11/25)
テスト盤のイントロにはモールス信号が入っており、ラジオでは一時期放送を自粛した局もあった。LPバージョンは通常販売盤もモールス信号が入っている。初のオリコン1位。B面の「ピンクの林檎」も比較的人気であった。現在の再結成ツアーでもB面のリクエストNo.1である。
カルメン'77(1977/3/10)
この曲あたりから激しい振り付けが増えてゆき、さらなるインパクトがつけられた。
渚のシンドバッド(1977/6/10)
初のオリコン上におけるミリオンヒット。オリコンチャートにおいて計8週に渡り1位を獲得。
ウォンテッド(指名手配)(1977/9/5)
簡単な振り付けが子供たちの間に広まり、振り付けの真似がはやるきっかけとなる。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が結成初期のライヴで演奏したこともある。オリコンチャートでは「渚のシンドバッド」から連続して1位を獲得し続け、この曲だけで12週連続1位を獲得。
UFO(1977/12/5)
オリコン枚数155万枚、出荷枚数195万枚。ピンク・レディー最大のヒット曲(オリコン枚数、出荷枚数共に)。「ウォンテッド(指名手配)」から中島みゆきの「わかれうた」(1週のみ)を挟んでオリコンチャートでは10週連続1位を獲得。
サウスポー(1978/3/25)
当時まだ珍しかった「オリコン初登場1位」を達成。歌詞中には同時代のスターであった王貞治をイメージした打者が登場する(→参照)。又高校野球の応援歌では、現在も山本リンダの「狙いうち」等と共に定番の曲である。
モンスター(1978/6/25)
出だしから「ワハハハ・・・」という不気味な悪魔の声に、二人が「キャー!」と叫ぶイントロが話題に。タモリがこの曲を元ネタにした「サンスター」という曲を自身のアルバムの中で歌っている。
透明人間(1978/9/5)
三角ブラとホットパンツを基調としたシースルーの衣装が話題に。B面は飛べ!孫悟空の主題歌「スーパーモンキー孫悟空」。
カメレオン・アーミー(1978/12/5)
オリコンにおいて、初登場88位→翌週1位という珍記録達成。正式な発売日以前にフライング発売された分がオリコンに集計されたため。
ジパング(1979/3/9)
デビュー曲以来続いた出荷枚数の連続100万枚突破記録、「S・O・S」以来続いたオリコン連続1位記録が途切れる。
ピンク・タイフーン(In The Navy)(1979/5/1)
ヴィレッジ・ピープルの「In The Navy」をカヴァー。同じカヴァー曲の渋谷哲平「ヤング・セーラーマン(In The Navy)」と競作となる。
波乗りパイレーツ(1979/7/5)
B面の「USA吹き込み版」は、ビーチ・ボーイズがコーラスに参加した意欲作。
KISS IN THE DARK(1979/9/5)
全米デビューシングル。ビルボード誌の「HOT 100」で37位にランクインした。総合チャートにおいては坂本九に次ぐ記録。2007年現在40位以内に入った最後の日本人歌手となる(American Top 40の影響で40位以内のみが重視される傾向がある事に注意)。
マンデー・モナリザ・クラブ(1979/9/9)
売り上げこそいまいちだったが曲の完成度の高さはファンの間で定評がある。
DO YOUR BEST(1979/12/5)
愛・GIRI GIRI(1980/3/5)
世界英雄史(1980/5/21)
うたかた(1980/9/21)
リメンバー(フェーム)(1980/12/5)
ラスト・プリテンダー(1981/1/21)
1980年に発売されたラジの「偽りの瞳」(作詞:高橋幸宏・大村憲司 作曲・編曲・プロデュース:高橋幸宏 )と異歌詞同曲で、作詞は糸井重里、編曲とプロデュースは高橋幸宏自身が手がけた隠れたテクノ歌謡の名曲。発表当時からテレビで歌われたことが一度も無いらしく、2005年5月27日に行われた『PINK LADY MEMORIAL CONCERT SPECIAL』の最中に、コンサートの中で歌っていないシングル曲があるが、歌うことを封印したとのことが告げられ、実際に最後まで歌われることは無かった。よって振り付けなどは不明。
OH!(1981/3/5)
以上22曲

また、未唯(当時はMIE)は「NEVER」(TBSテレビ系「不良少女と呼ばれて」主題歌。)を、増田は「すずめ」を、それぞれソロでヒットさせた。

再結成後ピンク・レディーとして「不思議LOVE」(レーベルはVAP)、再々結成後「2年目のジンクス」という新曲を発表。


再々々結成後
PINK EYED SOUL(1996/11/21) - シングルとしては不思議LOVE以降12年ぶりの新曲(レーベルはビクター)

再々々々結成後
テレビが来た日(2003/5/2) - NHK「みんなのうた」

アルバム
ペッパー警部(1977/1/25)
チャレンジ・コンサート(1977/6/5) オリコン1位獲得
サマー・ファイア'77(1977/9/10)
ベスト・ヒット・アルバム(1977/12/5) オリコン1位獲得
バイ・バイ・カーニバル(1978/3.5)
アメリカ!アメリカ!アメリカ!(1978.6.25)
'78ジャンピング・サマー・カーニバル(1978.9.5)
星から来た二人(1978.11.5)
ベスト・ヒット・アルバム(1978.12.5)
活動大写真(1978.12.25)
LIVE IN 武道館(1979.2.5)
ピンク・レディー(1979.6.1)
不思議な旅(1979.8.5)
ピンク・レディー・インUSA(1979.9.5)
ウィ・アー・セクシー(1979.12.1)
ピンク・レディー(1981.3.21)

テレビ作品
飛べ!孫悟空(TBS)
ドリフターズに似せた人形が演じる人形劇。ピンク・レディーは主題歌と劇中歌を歌った。劇中歌は持ち歌の替え歌が多かった。
24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日本テレビ系列)
ピンクレディー物語 栄光の天使たち
1978年10月24日-1979年6月26日に東京12チャンネル(現: テレビ東京)で放映されたアニメ作品。全34話および前夜祭1回と総集編2本からなる。「本人達にあまりにも似ていない」と不評であったため、シリーズ途中でキャラクターデザインをやり直したという逸話がある。
ピンク百発百中(日本テレビ)
ハローピンクレディー(東京12チャンネル)
たまりまセブン大放送!(TBS)
走れ!ピンク・レディー
UFOセブン大冒険!
ザ・チャンス!(TBS)
「飛べ!孫悟空」の後番組として、放送開始からしばらくの間はピンク・レディーが司会だったが、アメリカ進出の間の代役だったはずの伊東四朗(なお、伊東の前の司会役は湯原昌幸だった)が結局そのまま司会の定位置におさまることとなった。おなじみのフレーズ"Now Get the Chance!"も、ピンク・レディー司会の時代から引き続き使われていたものである。
Pink Lady and Jeff (アメリカNBC)
posted by abelu at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性アイドル特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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